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浦和地方裁判所 昭和59年(ワ)119号 判決

原告 甲野太郎

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 橋場隆志

被告 川口市

右代表者市長 永瀬洋治

右訴訟代理人弁護士 中村光彦

右訴訟復代理人弁護士 田淵智久

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

「1 被告は、原告甲野太郎、同甲野花子に対し、それぞれ金一五〇六万七〇三七円及びこれに対する昭和五九年二月一六日から年五分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  (当事者)

原告らは、死亡時川口市立戊原中学校(以下「戊原中学校」という。)二年に在学中であった訴外亡甲野一郎(死亡当時一三歳一〇か月、以下「一郎」という。)の両親でその相続人であり、被告は戊原中学校を設置管理する者である。

(二)  (事故の発生)

昭和五八年六月一五日、川口市立戊原中学校二年三組、四組、五組の生徒合計一一〇名は、校外教育活動として、同校教頭乙山一郎(以下「乙山教頭」という。)外六名の教諭の引率の下に、群馬県利根郡水上町大穴所在の川口市立水上林間学園に向う途中、昼食をとるため水上町鹿野沢の利根川大鹿橋上流の川原(以下「本件川原」という。)に立寄ったところ、これに参加した一郎が本件川原の下流方向に接する岩場(以下「本件岩場」という。)から、同日午後零時三〇分ころ、足を滑らせて利根川に転落し、利根川の水流に流されてそのころ溺死した。

(三)  (被告の責任)

A 一郎が転落した本件岩場は、凹凸が激しいため躓き易く、しかもその表面が滑らかなので常に足を滑らせる可能性があるのみならず、本件岩場は利根川の流れに接し、加えて水面に接する岩場の部分は、ほとんど垂直に水中に没しているため、足を滑らせた場合はそのまま利根川の流れに転落する可能性が十分にある。

他方、本件岩場に接する付近の利根川の川幅は極度に狭まっており、また、事故当日は、利根川上流の藤原ダムにおいて、毎秒三〇トンの水を放流中であったため、流れが速くかつ複雑で、その水温は摂氏七度位と冷たく、この付近の水深は、深いところで約一〇メートル位であった。このような水流では、水泳に相当の心得のある者でも自力で泳ぐことが著しく困難であると考えられるところ、突然水中に転落した者の場合は狼狽して精神的余裕を失うことが多いばかりでなく、冷たい水温は、身体を硬直させるし、加えて衣類や靴を身につけた状態では、身体の自由がきかないため、溺死する危険性が高い。

以上のように、本件事故現場は、一般成人にとっても危険性を有するものであるが、かりに、一般成人にとっては危険な場所ということができないとしても、本件において右危険性を判断するにあたっては、一郎と同年齢である中学二年生を基準とするのが相当であるところ、中学二年生は、未だ義務教育課程にあって、成人におけるような判断力、注意力を期待するのが著しく困難であるから、この意味において本件事故現場は危険な場所であった。

B1 ところで、一般的に、公立中学校の教職員は、生徒を保護、監督すべき義務を学校教育法等の法令上負っていることは明らかであり、この保護、監督義務は、校内教育活動のみならず、校外教育活動を実施する場合にも及ぶものである。本件事故は戊原中学校が校外教育活動の一環として「水上林間学園」に赴く途中で起ったものであるが、乙山教頭外六名の引率教員には、右のような義務にもとづき、本件において、慎重な下見調査を実施して危険箇所の発見、把握に努め、これにもとづき、参加した生徒に対し危険箇所について事前に注意、警告を与え、生徒の実際の行動を監視し、状況に応じて適切な措置を講ずることにより、生徒の生命、身体の安全を確保すべき注意義務がある。

2 しかるに、引率教諭らには次のような注意義務を怠った過失があり、本件事故は、右過失によって生じたものである。

(1) 本件林間学園の引率者の一人である丙川二郎教諭は、昭和五八年四月一五日ころ、事前に、本件林間学園が実施される箇所につき下見調査を行ったが、然るべき調査を行えば、本件岩場の存在を容易に発見することができ、同時にその危険性についても認識することが可能であったにもかかわらず、これを怠ったため、本件川原に本件一行が到着する以前に、生徒らに対し、本件岩場についての注意、警告をすることができなかった。

(2) 乙山教頭ら本件引率者らは、本件一行が昼食をとるための場所を選定するにあたり、当該場所が昼食をとるために適切か否かを確認するばかりではなくその周辺の危険箇所の発見に努めるべきであったのにもかかわらず、これを怠ったため、本件岩場の存在及びその危険性を看過し、その結果、本件川原において生徒らに対し、本件岩場に関する注意、警告をすることができなかった。

(3) 本件引率者らは、一郎を含む少なくとも一七名の生徒が昼食又は休憩をとるため本件岩場にいたことを十分認識していたのであるから、右生徒らに対し、本件岩場が危険であることを知らせ、本件岩場から速やかに退去させる等状況に応じて適切な措置をとるべきであったのにもかかわらず、これらの措置を怠った。

(4) かりに、本件引率者らが、右生徒らが本件岩場にいたことを認識していなかったとすれば、本件引率者らは、生徒らが危険な行動をとることがないようにその行動を監視すべきであったにもかかわらず、これを怠り、右生徒らが、本件岩場に赴いていたことを看過した。

3 本件事故は、右のとおり、戊原中学校が実施した校外活動の際に発生し、しかも公共団体たる川口市の公務員である乙山教頭外六名の教職員の過失によって生じたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき本件事故によって生じた損害を賠償すべき責任がある。

(四)  損害

1 一郎の損害

(1) 逸失利益 金二六二三万四九七四円

新高等学校卒業男子全年齢平均賃金三五一万〇四〇〇円、一八歳未満の者に適用されるライプニッツ係数一四・九四七、生活費控除率五〇パーセントとして一郎の逸失利益を算定すると次のとおりとなる。

3,510,400(円)×14.947×0.5=26,234,974(円)

(2) 慰藉料 金一二〇〇万円

2 原告らの損害

原告らは、一郎の死亡により次の損害を被った。

(1) 葬祭料 金一八九万九一〇〇円

葬祭料、墓地用地代、戒名料、忌中料、車代等の合計額であるが、原告らはその半額ずつを負担した。

(2) 弁護士報酬 金二〇〇万円

原告らは、被告が前記各損害の支払いをしないためやむなく本訴の提起を余儀なくされ、代理人に訴訟委任をしたが、弁護士報酬のうち少なくとも金二〇〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害であるから原告らは各自金一〇〇万円ずつの損害を被った。

以上合計金四二一三万四〇七四円

3 原告らは一郎の父母であるから一郎の死亡に伴いその権利を二分の一ずつ相続した。

4 なお、原告らは、日本学校健康会法による死亡見舞金として一二〇〇万円の支払いを受けているので、これを原告らの損害合計金に各二分の一ずつ充当した。

(五)  結論

よって、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条一項にもとづき、前記各損害合計金から、各見舞金を控除したそれぞれ金一五〇六万七〇三七円の支払いと、本件訴状送達の翌日である昭和五九年二月一六日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否と主張

(一)  請求の原因(一)は認める。

(二)  1 同(二)の事実は、本件事故の発生時刻及び発生原因の点を除いて認める。本件事故が発生したのは、午後零時三五分ころであり、一郎は自らの意思で率先して岩場に行き、誤って川に転落したものである。

2 なお、川口市立戊原中学校における水上林間学園の昭和五八年度計画及び本件事故当日の経過は、別紙一及び二に記載したとおりである。

(三)A  同(三)Aの事実のうち、本件岩場に凹凸があること、事故当日に利根川上流の藤原ダムにおいて、毎秒三〇トンの水を放流中であったことは認め、水温が摂氏七度位であり、水深が深いところで一〇メートル位であることは知らない。その余は否認し、本件岩場の危険性については争う。本件事故現場は、岩の状態、一郎の履物からして滑るとか、滑り易いということはない。また、本件事故地点付近は、川幅が一番狭いところではなく、狭まり始めたところである。本件岩場自体川原に存する岩場としては普通のものであり、特に取り上げねばならない危険性が認められるわけではない。中学二年生の注意力をもってすれば、転落する心配のあるような岩場ではなく、一郎は、岩の上で自らバランスを失わせるような行動をとった結果、体のバランスを失って川に転落したのである。

B1 同(三)B1は争う。

2(1)(Ⅰ) 同(三)B2(1)の事実は否認する。

(Ⅱ) 本件林間学園の実施にあたり、戊原中学校では、参加予定生徒に対し、別紙三記載の準備及び生徒指導を実施している。

(2)(Ⅰ) 同(3)B2(2)の事実は否認する。

(Ⅱ) なお、本件川原に一行が到着したところ、「危い、ダムの放流による増水に注意」という看板があったので、引率者が近くにいた線路工事人に様子を尋ねたところ、「これまでもほとんどの学校がこの川原で昼食をとっている、水に近寄らなければ大丈夫」との返答を受け、乙山教頭、丁原松子教諭及び丙川二郎教諭が協議したところ、本件川原は、川口市教育委員会が一行の昼食場所に予定したもので、二〇〇名が昼食をとるのに十分な広さがあり、増水の危険はなく、他の場所ではなく本件川原で昼食をとるのが適当と判断し、結局本件川原で昼食をとることになったものである。しかも、右昼食に先立ち、一一〇名の生徒全員を本件川原に整列させ、戊田三郎教諭が①昼食は、この川原で各班ごとにとること②水に近いところによるな。水に入ってはいけない③石を投げたりしない④ゴミは始末して学園までもってゆくと注意を与え、さらに、一郎の所属する二年三組の担任甲田四郎教諭が、同組の生徒に対し、右と同一の注意を与えている。右のように、本件川原には、昼食をとる目的で立寄ったもので、もともと本件川原一帯で生徒達を行動させるために立寄ったものではない。したがって、昼食をとる場所の範囲は、本件川原に限られ、岩場に及ぶものではなく、岩場に関する注意、警告を要する状況になかった。

(3) 同(3)の事実のうち、一七名の生徒が昼食又は休憩をとるため本件岩場に行ったことは認める。なお、このうち昼食をとったのは四名にすぎず、一三名は食後短時間に行ったのみである。その余の事実は否認する。

本件引率者は全員本件事故の発生に至るまで本件岩場で昼食をとった生徒がいたこと及び昼食後本件岩場に行った生徒があったことは全く知らなかった。

(4) 同(4)の事実のうち、本件引率者らが、生徒らが本件岩場にいたことを認識していなかったことは認め、その余は争う。

3 同(三)B3は争う。

(四)  1 同(四)の事実のうち、原告らが、一郎の父母で、一郎の死亡に伴いその権利を二分の一ずつ相続したこと、原告らが日本学校健康会法による死亡見舞金として一二〇〇万円の支払いを受けていること及びこれを損害に充当すべきことは認め、その余はすべて争う。

2 主張

(1) 仮に、被告に何らかの責任が認められるとしても、賠償額の算定にあたり、次の点が斟酌されるべきである。

本件川原で昼食をとるに当って、一郎は、戊田三郎及び甲田四郎の各教諭から前記(三)B2(2)(Ⅱ)記載の注意を受けていたにもかかわらず、この注意に反して、引率者らの目を逃れて、本件事故発生地点付近に行って昼食をとったうえ、水際に臨み、しかも同所で転落を招くような行動をとった結果、本件事故が発生したのであるから、右のような一郎の重大な過失は、過失相殺の対象とされるべきである。

(2) また、原告らは、川口市学童等災害共済条例に基づき共済見舞い金六〇万円を受領しているので、慰謝料の認定にあたりこの点が考慮されるべきである。

三  被告の主張に対する認否と反論

(一)  二(二)2の事実は認める。

(二)  1 二(三)B2(1)(Ⅱ)の事実は認める。

2 二(三)B2(2)(Ⅱ)の事実のうち、本件川原で一行が昼食をとることとなった経緯及び戊田三郎及び甲田四郎教諭が被告主張の注意を生徒に与えたことは認め、その余は否認する。右注意中「昼食をこの川原でとる」との指示は、本件岩場が川原と一体をなしていたことからみて、右注意を受けた生徒にとって、積極的に本件岩場はこの川原に含まれないという趣旨に理解することは困難であった。加えて、右注意の対象が遊びたい盛りの中学校二年生であり、また右注意が良く聞えなかった生徒もいたのであるから、結局、被告主張の注意は不徹底で漠然としており、生徒に対して与えるべき注意としては不十分不適切なものであった。

(三)  二(四)2(1)の事実のうち、本件川原で昼食をとるにあたって、戊田三郎及び甲田四郎各教諭が生徒らに対し、被告主張の注意をしたこと並びに一郎が本件岩場で昼食をとったことは認め、その余は否認する。一郎に重大な過失があるとの点は争う。

なお本件岩場の危険性については、成人たる引率者自身が全く思い至っていないのであるから中学二年生たる一郎にその危険性の認識を期待するのは酷である。また、引率者が生徒らに与えた注意は前記のとおり不十分なものであったから、一郎が本件岩場に至ったことが団体行動の離脱若しくは規律違反と評価されるべきではない。さらに、一郎は、本件事故につながるような突飛なあるいは異常な行動、悪ふざけの行動をしたとの事実も全くなく、普通に昼食をとり、休憩していたにすぎない。

(四)  二(四)2(2)の事実のうち、原告らが、川口市学童等災害共済条例に基づき、共済見舞金六〇万円を受領していることは認め、その余は争う。なお、右条例に基づく共済見舞金は、生徒の父兄が契約者、保険料負担者となっている団体保険の保険金であり、いかなる意味においても、損害の填補たりえない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  当事者

請求の原因(一)は当事者間に争いがない。

二  本件事故の発生

昭和五八年六月一五日、川口市立戊原中学校二年三組、四組、五組の生徒合計一一〇名は、校外教育活動として乙山教頭外六名の教諭の引率の下に群馬県利根郡水上町大穴所在の川口市立水上林間学園に向う途中、昼食をとるため水上町鹿野沢所在の利根川大鹿橋上流の本件川原に立寄ったところ、これに参加した一郎(当時一三歳一〇か月)が本件川原の下流方向に接する本件岩場から利根川に転落して死亡したことは当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、一郎は、同日午後零時三五分頃、大鹿橋下利根川内に転落し、同零時四五分頃水上町大字鹿野沢五七九の四番先利根川内で溺死し、同日午後三時三分頃その約一キロメートル下流の谷川橋付近の浅瀬で遺体となって発見収容されたことが認められる。

三  本件事故の経過

(一)  林間学園教育の実施計画とその実施

1  《証拠省略》をあわせれば、被告川口市は昭和三七年谷川岳の近くの群馬県利根郡水上町大穴一五に水上林間学園を設置し、同市教育委員会は毎年同市立中学校全校の二年生を対象として同学園での林間学校教育に参加させており、川口市立戊原中学校も毎年水上林間学園における林間学校を実施してきたことが認められる。ところで、昭和五八年度の水上林間学校を実施するにあたり、戊原中学校が計画した日取、参加人員、第一団における職員の分担、主な日程は別紙一①、②、③、⑤各記載のとおりであったこと、また、戊原中学校が、右林間学校を実施するためになした準備及び生徒指導の状況は別紙三記載のとおりであったことについては、いずれも当事者間に争いがない。

2  そして、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(1) 丙川二郎教諭は、昭和五八年四月一五日水上林間学園において行われた指導者講習会に出席したが、その際、川口市教育委員会の角田指導主事より、林間学園に赴く途中、二〇〇人程度の人数でも収容できる十分な広さのある本件川原で昼食をとるよう口頭で指導を受けたので、その旨を戊原中学校校長に伝えた。そして、校長から引率教師及び参加生徒に右の旨伝達された。なお、本件川原を事前に下見したのは右角田主事及び林間学園の阿部管理人であって、右丙川教諭をはじめ戊原中学校の教師らは、直接下見はしなかった。

(2) 昭和五八年六月一五日午前七時頃、戊原中学校二年生第一団一一〇名と乙山教頭外引率者六名は国鉄蕨駅前のイトーヨーカ堂駐車場に集合し、同所で点呼をとると共に、乙山教頭をはじめ引率教師が順次生徒に対し団体行動及び林間学校の実施等に関する注意を与えたのち、同七時四一分頃同駅を電車で出発した。

(3) 同一一時一二分頃一行は国鉄水上駅に到着し、丙川教諭が生徒に対し、これから隊列を組んで昼食をする川原に向うこと、交通事故等に気をつけるようにとの注意を与えたのち、同一一時二五分頃徒歩で本件川原に向った。

(4) 同一一時四五分頃一行は、本件川原に到着したが、本件川原に降りる手前に「危い、ダムの放流による増水に注意」等を記載した看板があったため、乙山教頭は、丁原、丙川両教諭にその内容を確認させると共に、その付近で線路工事をしていた人に状況を問い合わせたところ、「これまでの学校もここで食べている。水に近寄らなければ大丈夫」との回答を得たので、右両教諭と協議した結果、教育委員会から天気が良ければ本件川原で昼食をとるよう指示をうけていたことでもあり、また、表面が小石や砂利等で被われて平坦な本件川原の広さ及び環境が昼食をとるために適しているとの判断から、結局、本件川原で昼食をとることとした。

(5) 次いで、一行は、本件川原に降りて、整列点呼をした後、戊田教諭が生徒全員に対し、①昼食はこの川原で各班ごとにとること②水に近いところに寄るな、水に入ってはいけない③石を投げたりしない④ゴミは始末して学園に持ってゆくとの注意を与え、その後、二年三組の生徒に対しては甲田教諭が同様の注意を与え、同日午後零時一〇分頃一行は一旦解散して昼食を開始した。

(6) 本件事故発生当時における本件川原及び本件岩場の状況と位置関係の概要並びに、右昼食の際における生徒及び教師の位置関係は概ね別紙図面記載のとおりであった。

(7) 乙山教頭は本件川原に降りた際に、その下流に本件岩場が存在することに気がついたものの、右岩場に近づいてその状況を確認したり、右岩場に関して、生徒に対し注意を喚起したりすることはせず、また、他の引率教師も右岩場の確認及びこれに関する生徒に対する注意は格別行わなかった。

(二)  本件事故発生前後の状況

《証拠省略》を総合すれば、前記のとおり、一行は、昼食をとるため解散したがまもなく一郎は、同じ班員の丁田春夫、甲原夏夫、乙原秋夫と共に本件岩場に赴き、流れに接する先端部分たる転落場所から六、七メートル奥に後退した場所で昼食をとったのち、他の生徒に写真をとってもらったり他の生徒と話をしていたが、転落の数分前ころから本件転落場所に至り、川に向かってしばらくしゃがみ込んで水の流れを見ていたが、立ち上がろうとしてバランスを失ったため片足と両手を上げた形で川に向って滑るように別紙図面に「×転落場所」と記載された付近より足から転落したこと、その後、一郎は、水面上に頭を出して犬かき様のしぐさで本件岩場の岸にたどりつこうとしてしばらくもがいていたが、折からダムの放流のため増水して流れが激しくなっていたため容易にこれができずにいたところ、大きな波が一郎を襲い、吸い込まれるように水中に没し姿が見えなくなったこと、他方、前記解散後一郎の転落直後までの間に一郎を含め二〇名近くの生徒が本件岩場に赴いていたが、引率教師らは、別紙図面記載のように、本件川原の中央左寄りに存在したアカシア、柳、イタドリなどの茂みが視野の障害となり、一郎が川に落ちたとの女生徒の声を耳にするまで、本件岩場方面に前記生徒が赴いていたことに誰も気付かなかった。引率教師らは、右知らせを耳にするや、全員直ちに本件岩場に急いだものの、乙山教頭が、その一瞬の間、川の中に浮ぶ一郎の姿を見とめた程度で、右教師らが本件岩場に到着した時点では一郎の姿は既に水面上にはなく、丙川、乙田両教諭が川に飛び込み、乙山教頭及び丁原教諭が直ちに警察や消防に連絡するなど手を尽したが、一郎を救助することはできなかった。

四  引率教師らの行為に違法ないし過失はあるか

(一)  教育基本法、学校教育法などの趣旨に照らすと、一般に義務教育を担当する公立中学校の教諭は、その職務上、生徒に対し教育活動を行うにあたり、生徒を保護、監督すべき義務を負っているというべきであるが、右義務は、単に学校内における教育活動にとどまらず、林間学校の実施のような校外活動においても同様に及ぶものというべきであり、この義務に違背すれば違法というべきである。

(二)  そこで、本件の場合教師らに義務違背があったか否かについて順次検討する。

1  まず、本件林間学校の実施にあたり事前に本件岩場を引率教師が下見し、その危険性について生徒に警告すべきであったという原告らの主張についてみるのに、前記認定のとおり、戊原中学校の教師は、本件林間学校実施前に本件川原を下見しておらず、引率教師らは誰も事前に本件岩場の存在及び後記認定のような岩場の危険性についての認識をもたず、林間学園に参加する生徒に対しその旨の警告は与えていなかったことが認められるが、他方、本件川原は川口市教育委員会の担当者が下見をし、林間学園に参加する生徒らに昼食をとらせる場所として適当であると判断して、現地指導者講習会に出席した丙川教諭を通じて戊原中学校に右昼食場所の指示をしており、このような場合、指示を受ける学校側としては、右指示が明らかに不合理と感じられる等特段の事情がない限り、右指示を信頼すれば足り、自ら事前に下見を実施して、当該場所の安全性を確認するまでの法的義務までは負っていたとはいえない。したがって、右の点について戊原中学校引率教師らに違法はない。

2  次に、引率教師らは一行が昼食をとるため本件川原に到着した時点において、川原周辺の危険箇所の発見に努めるべき義務を負っていたとの原告らの主張について検討する。

(1) 《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

本件川原は概ね平坦な砂利地帯であるが、川原中央より川に向かって左方向にほぼ五、六〇メートルの位置に本件岩場があり、その奥行きは約一〇メートルほどで、大鹿橋の橋げた付近まで続いていること、本件岩場全体は、利根川の上流から下流方向に向かい、また、水際から奥の方向に向かって、次第に盛り上がる形状をなしており、その表面は岩盤がほぼむき出しの状態となって、数十センチメートル程度の凹凸が多数認められ、前記のように概ね平坦な砂利地帯とは全く様相を異にし、しかも本件川原はこれをとり囲む形で多くの草木が散在していること、ところで、本件岩場を構成している岩の表面は割合滑らかで水に濡れた場合などは特に滑り易く、しかも本件岩場が利根川の流れに接する部分はいずれもほぼ垂直に水中に没しており、また、本件岩場の付近において、水流は、本件岩場に衝突する形で右に湾曲しているために本件岩場の水面下の部分は、流水でえぐられて水が還流する状態となるなど、水流が複雑な状況にあること、一方、利根川の水深は、季節、天候等によりある程度の変化は見込まれるが、本件川原の水際部分は浅瀬となっているものの、右川原から本件岩場に接近するに従って流れが狭まると共に水深も増加し、非常に深くなっており、特に、本件事故発生当日は、上流の藤原ダムが午前九時ころから毎秒三〇トンの水を放流中であったため、一行が本件川原で昼食をとっていたころには、同所における水嵩は次第に増して、流れも激しくなったこと、また、本件事故当日は、暑い日であったが、これに比して利根川の水温はかなり低かったことが認められる。

右認定の事実関係に照らすと、本件岩場は、生徒達が立入って水際に近づくなどその行動如何によっては事故が生ずる危険を孕む場所であったと認めるのが相当である。

(2) ところで、本件引率教師らは、本件川原で昼食をとるにあたり、その周辺の見回り、確認等をしなかったことは前に認定したとおりであるが、右見回り確認等の必要性は、当該場所における活動目的と密接な関連性を有するものと考えられるところ、一行が本件川原に立寄ったのは、前述のとおり昼食をとるのが目的であって、同所でその他の活動を行うことを目的としたものではなかったこと、また、乙山教頭らは、本件川原を昼食場所と決定するにあたり、当日同所付近にいた線路工夫に川原の状況を確認していること、そして、右確認で得た知識をもとに、生徒らに対し、引率教師らが、昼食は、本件川原で各班ごとにとること、水に近いところに寄るななどの注意を与えていること(なお、本件川原で休憩した目的をふまえるならば、本件川原で昼食をとることという指示の中には、本件川原から離れて行動しないようにという意味内容が含まれていると解されるところ、右意味内容は黙示的なものであるにしても、中学二年生程度であれば、通常認識しうるものというべきである。)しかも、本件岩場は、先に認定したとおり、本件川原の中心からみても比較的距離があり、その様相も表面が小石、砂利等で被われて平坦な本件川原とは明らかに異なっていたから、右のような理解は容易であったと解されることなどの諸事情に照らすと、本件岩場に及ぶまでの範囲を引率教師らが、生徒らを昼食のため解散させる前に調査をしてその危険性について警告する義務まで負っていたとはいえない。

3  とはいえ、引率教師としては、生徒の動静に注意し、生徒が本件川原より離れて行動するというような具体的状況が生じた場合は、当然それに気づき、生徒が危険に近づくことを防止し、生徒を危険から引き離し、事故の発生を防止するため具体的状況に応じた適切な処置を講ずべき義務がある。

ところが、これまで認定した事実と《証拠省略》を総合すると、昼食のため解散したころから生徒の中には本件川原を離れて本件岩場に赴くものがあり、その数は次第に増えて本件事故直後には二〇名近くに及んでいたこと、しかるに引率教師らは別紙図面の「教師」と記載した位置に一か所に固まって昼食をとるなどしていて七名もおりながら誰一人右の生徒らの動きに終始気づかず、したがって本件岩場に赴いた一郎らが危険に近づくことを阻止し事故の発生を防止するような適切な措置もとらなかったことが認められる。

そうすると、乙山教頭ほか六名の引率教師には、右義務に違反した違法があるといわざるをえない。

そして、前掲証拠によれば、右引率教師らが昼食をとった場所と本件岩場の間には、柳、アカシア、イタドリなどの木立や繁みが介在し、本件岩場方面の視界が妨げられてはいたが、もし生徒の動きにつき注意してさえいれば生徒の動きに気づくことができ、しかもわずかの移動で、本件川原から本件岩場方面を見通すことは、可能であったことが認められるから、右義務違反につき引率教師らには過失があるとみるべきである。

五  右義務違反と本件事故の因果関係

先に認定した事実関係によれば、本件事故の直接の原因は、一郎が昼食場所を川原に限定し、水に近寄るなという引率教師の指示に従わず本件岩場に赴いて水際に近づき、本件岩場の転落場所にしゃがみ込み、立上ろうとして誤って体のバランスを崩し水流に滑り落ちるという過失をおかしたことにあることは明らかであるが、もし引率教師らが一郎らが本件川原を離れて本件岩場に赴くのに気がついて呼び戻し、或は危険な箇所に近づかないよう呼びかけるなど適切な処置をとっていれば本件事故が生じなかったであろうとみられることも否定できない。

そして、中学二年生の年代の子らには活動的である反面その行動に慎重さを欠く者がありがちでこれを水流の近くで休憩させた場合にその動きに目くばりをしなければ人身事故も生じかねないことはこのような状況下にある引率教師ならば予測できた筈であるから、引率教師らの前記義務違反と本件事故との間には相当因果関係があるとみるのが相当である。

六  被告の責任

弁論の全趣旨によれば、本件における引率教師七名は、いずれも川口市立戊原中学校に勤務する川口市所属の教育公務員であることが明らかであるが、前示のとおり右引率教師七名にはいずれも前記義務違反がありまた右違反について過失があるところ、右はその職務を遂行するにあたってのものであるから、地方公共団体である被告川口市には国家賠償法一条一項に基き本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

七  損害

(一)  一郎の損害

1  逸失利益

前記認定のとおり、一郎は満一三歳で死亡したが、満一八歳から六七歳まで就労することが可能であったことが推認されるから、就労可能年数を四九年間とし、昭和五八年賃金センサス、産業計・企業規模計、学歴計、全国性別・年齢階級別平均給与額を基準として、ライプニッツ係数を使用する方式によって、生活費控除率を五〇パーセントとして、一郎の得べかりし利益の現価を計算すると次のとおりとなる。

392万3300(円)×14.947×0.5=2932万0782(円)

2  慰謝料

一郎が死亡したことによって被った精神的損害は、金一〇〇〇万円とみるのが相当である。

(二)  原告両名の損害

《証拠省略》をあわせれば、原告両名は、死亡した一郎の葬儀費用、墓地永代使用料、枠どり費用等として少なくとも一四七万九一〇〇円を共同して支出したことが一応認められるが、このうち、本件事故と相当因果関係を有する損害額は、金一〇〇万円とみるのが相当である。

八  過失相殺

前記認定のとおり、引率教師らの前記義務違反=不作為が本件事故の発生の原因をなしていることは否定できないが、本件川原から離れて行動しないようにと解される教師の指示および水に近寄るなという指示があったにもかかわらず本件川原から離れて本件岩場に赴き、しかもダムの放流で水嵩の増していた川の流れに接する先端部分にしゃがみこんだ後、立ち上ろうとして体のバランスを崩し水流に滑り落ちるという過失をおかした一郎の行動が本件事故の主たる原因をなしていることは明らかであり、当時一三歳一〇か月の中学二年生でいまだ成人と同視することはできないものの、すでに事理弁識能力がありしかも相当程度身の安全を守る能力を備えていた筈の一郎の前記行動はこれを重視せざるをえず、被告が原告らに対し賠償すべき損害額の算定にあたっては、一郎の右過失を斟酌し、七五パーセントの過失相殺をするのが相当と考える。

原告らが一郎の両親で、一郎の死亡によりその権利を二分の一ずつ相続したことは当事者間に争いがないから、これに基づき前記七(一)1、2、(二)の損害を計算すると、その額は、原告両名につき各二〇一六万〇三九一円となるところ、右金額が過失相殺の対象となるものであるから、これに七五パーセントの過失相殺をして計算すると、その額は原告両名につき各五〇四万〇〇九七円となる(但し、円未満切捨。)

九  損害の填補

ところで、原告両名が日本学校健康会法による死亡見舞金として一二〇〇万円の死亡見舞金の支払いをまた、川口市学童等災害共済条例に基づき、六〇万円の見舞金の支払いを受けていることは、当事者間に争いがなく、前者に関しては、これを損害に充当すべきことについても当事者間に争いがない。そうすると、原告らの損害はすでに填補されているというほかない。なお、右のように原告らの損害が填補されている以上、本件の場合弁護士費用の出捐は被告らの義務違反と相当因果関係に立たない。

一〇  以上の次第で、原告らの被告に対する本訴請求は結局理由がないことになるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小笠原昭夫 裁判官 野崎惟子 樋口裕晃)

〈以下省略〉

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